戦争のプロは兵站を語り、戦争の素人は戦略を語る

[戦争のプロは兵站を語り、戦争の素人は戦略を語る]

俺が大好きな言葉なんだけど、今回の東電の件について、関連があると思ったし、「兵站(へいたん)」という非常に重要な要素について、日本は本当に苦手だなと思ったので書いてみる。

まず、「兵站(へいたん)」というのは、いわば戦争の最中において、大砲だ、けが人だ、戦略だと叫んでいるなかでの、「炊事係」だと考えると分かりやすい。ここでは単純に相手の戦力をたたきつぶすのが目的だとして、目的達成のための戦略というと、どれだけ火力を集めて、どんな殺し方や壊し方をするか、といったことになると思う。この状況で、兵士にどんな料理を提供するかというのが兵站の役割。つまり、戦争の目的とはベクトルが違うということ。

昔、日本軍は大量の兵隊を南国に送り出した。そのとき、「輜重輸卒が兵隊ならば 蝶々トンボも鳥のうち」という言葉があった。「輜重(しちょう)」というのは、食料や燃料のこと、「輸卒」というのはそのまま、それを運ぶ兵隊のこと。つまり、「食料や燃料を運ぶような仕事は、兵隊とはいえない。くだらない仕事」という揶揄なのである。

日本軍は、兵站を非常に軽視していた。戦地に行けば、腹が減る。糞もする。武器は壊れる。弾丸も切れる。ガソリンも切れる。こういった補給を行う役割が軽視されていた。今思えば、信じられないだろう。そして、「輜重輸卒」にはいわゆる落ちこぼれの兵隊が採用される傾向にあったという。これでは適切に戦局が進む訳がない。事実、”ガダルカナル島の戦いやインパール作戦などのように極めて杜撰な補給計画が原因で、多くの餓死者や戦病死者を出している。”とwikiペディアに掲載されている。

他の文献でも読んだが、とにかく杜撰すぎる計画が、勝ち目のない戦争をより際立たせた。

さて、話は今回の福島原発に移る。

原子力発電所を作る、電気を生むというプロセスこそ、例えが悪いかもしれないが「戦争」なのである。事故が起きない限り、クリーンでスマートなエネルギー。しかし、この管理体制や、安全対策こそ、「輜重輸卒」にほかならない。原発はどんどん増やす、電力もどんどん増やす、管理者もどんどん増やす。ここに究極のウィークポイントがある。

原子力発電所自体は、いわば土地と、設計図と金と時間さえあれば、日本の土建屋さんがかなりいいものを作ってくれる。日本に足りないのは土地くらいだった。だから作るのは本当に簡単。問題はその管理者である。マクドナルドを増やすのとは訳が違う。一度反応を始めたら10年は動かすこともできない、非常にデリケートで高度な燃料をとりあつかう。燃料は反応を始めれば24時間発熱を続ける。管理する人間が24時間見ている必要がある。管理する人間を3交代制にすればいい、交代時間はかぶるようにすればいい、こういう発想で運用されている。本来であれば、一つ一つの原子力発電所に、日本を代表するような大学教授や、すべての建築過程を知り得た建築家や設計士、超一流の検査技師が選任でついていなければならないほどなのである。これが、最低限この「原子力発電所」という戦争を成功にみちびく最低限の「輜重輸卒」ということになる。

日本に大量に作られた原発にいる管理者たる「輜重輸卒」は果たして、その責任の重大さ、技術力の高さ、判断力の高さ、総合的にみて、非常に高度な人間であるということが自覚されていたであろうか。

おそらくは程遠い実態であろう。原子炉についての知識もなく、マニュアル通りにボタンを操作するだけの「輜重輸卒」。これでは、うまくいくはずがない。

勘違いしないでほしいのは、決して働いている従業員のレベルが低いということではないということ。間違いなく私より人間が出来てる大人が働いているだろう。ダメなのはその作業に配置する「戦略」がそもそも間違っていることだということだ。東大卒や、海外からの名門卒のエンジニアや、経験を積んだ超一流の大工や溶接工でなければいけないのである。また、その管理には、学問的にも、精神的にも成熟した一流がまかされる「エリート」の職場でなければならない。

これが原子力という仕事を行うための、最低限の準備ということになる。

この内容は実は今から1ヶ月も前に書いて保存しておいたものなんだけど、あれから1ヶ月で東京電力と、国は迷走し続けている。

今必要なのは、事態収束のための、「ゴミ捨て場」の確保につきる。放射性物質は、どこにも捨てることが出来ない。この状況をすでに国も東電も理解しておきながら、一向にこのゴミ捨て場の問題を公表しない。これが結局は「輜重」問題なのだ。原発を壊せば、原発のゴミが出る。これは事実。一刻も早くゴミ捨て場を用意せねばならない。

そしてゴミ捨て場の場所はもう決まっている。それは福島の原発付近である。住民の思い出も、家畜も、生命も、ご先祖様のお墓も、全て捨て去ってゴミ捨て場にしなければならない。日本中で原発が停止になったとき、そのゴミは10000年消えない。そのゴミを捨てる場所が必要なのだ。いま福島の汚染された土地を浄化するために必要なのだ。

実際その土地に先祖代々暮らしてきた方々は、絶対に許さないだろう。保障や謝罪の話ではないだろう。誰が自分の土地、思い出の土地、未来の土地を、核のゴミ捨て場にしたいだろう。だがしかし、もう起こってしまった事実なのである。まずゴミを集める。広く汚い場所を野放しにするのではなく、ゴミの集中管理。日本中、世界中の英知を集めてその土地を数百年以内に復活させる方法を考えよう。

私は震災直後、原発の恐怖で足が震え、その後様々な情報をみて、東京は安心だと信じている。福島は危険だと思っている。そして、危険でも命の危険はないと感じている。でも、その安全を公開した学者達を批判する学者もいる。もう俺にもわからない。だが、絶対にゴミ捨て場は必要だ。一刻も早く、本当の解決にむけて、勇気ある一歩を踏み出したい。

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