【電力と金を考える】第1回:太陽光発電の歴史(アメリカ編)

意外と奥深い。アメリカでかつて栄えたソーラーが廃れた理由

電力と金を考えるシリーズ、を書いていきたいと思う。

gizmodoに良い記事があったので、その記事を抜粋しながら、まず第一回は、「太陽光発電」がどうしてメジャーにならないのかについて考えてみよう。

太陽光発電はアメリカでは100年も前から実用化されていて、60年位前(ちょうど第二次世界大戦、太平洋戦争の頃)にはフロリダでは10万台も設置されていたみたい。(ただし、これが太陽光発電なのか、太陽光湯沸かしなのかは不明)なぜ、理想的でクリーンな(CO2や、人体に影響がある物質をまき散らさないという点で)太陽光エネルギーが廃れてしまったのだろうか。

それが、図で示した仕組みで明らかになる。

それは、太陽光エネルギーを得るための機材のコストにあった。太陽光の機材には、銅が使われるが、当時「ガス」を敷設するためにも「銅」の価格が高騰していたらしい。銅の価格が高騰すれば、太陽光機材も高くなる。高い機材を購入するのは一般消費者であり、当然敬遠される。ここで着目したいのが、恐らくはガスの敷設についても同様に銅の価格が高騰したはずだが、ガスには何故影響がでなかったのか?ということである。きっとガスの敷設は企業ではなく、国とか州の予算だったのだろう。これでは、企業が太刀打ちできる話ではない。

そして、完全に「太陽光機材」をぶちのめすのが、新築住宅とセットになった「電気式湯沸かし器」である。元々の家に、追加でお金をついかせずに、湯沸かし器が付いてくる。この仕組みで消費者は太陽光機材を選択するメリットを失う。ココでも着目ポイントがある。何故、住宅メーカーが「電気式」を選択したのか?ということである。ここが世界の変わり目だったと私は思うのだが、電気式湯沸かし器が、絶対的にコストが安かったのだろう。(おそらく電気会社が大量生産したとか、そういう資本戦略以前に、太陽光機材のイニシャルコストが高いのだと思う)たまたまコストが安かった「電力式」を住宅メーカーが採用したことが、事実上の「太陽光機材」への決別となってしまった。

もうひとつ付け加えると、1900年当時、ガスの使い道に困っていたほど(タダ燃やすだけ)の資源をどうにか使いたかったという「動機」が気になる。ここはそのうち分かるだろう。
もちろん、この仕組みが現在の日本のオール電化にそっくりなことはいうまでもない。

次回は、「風力発電の実際」についてを書いてみたい。つづく。

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